| 嘘がいい 本気で望んでなんかいないから ゲーム ゲームをしないか、 目の前の男が唐突にそう言った。 ちょうど5回目のあくびをかみ殺した瞬間だった。 「ゲーム?」 「そうだよ」 君があんまり暇そうだから、と呟くと、 ロイは悪戯を思いついた子供のような顔を浮かべる。 確かに、持ち込んだ本も読み尽くして手持ち無沙汰になっていたところだ。 大ぶりの革張りのソファは、小柄なエドワードが深く座ると沈みこんでしまいそうで、 その良すぎる安定感は自分の眠気を誘う。 やまない紙を引っかくペンの音はさらにそれに拍車をかけていた。 しかし眠るわけにはいかない事情がエドワードにはあるのだ。 エドワードがわずかながら興味を示した事を受け、ロイは薄い笑顔を浮かべた。 「自分が思うことと、反対のことを言うんだ」 「何だよそれ。面白いのか?」 「さあ? 私も今思いついたばかりだからやってみないことにはわからないね」 器用に手に持った万年筆をくるりと回して肩をすくめるロイに対し、 エドワードは感情のままに眉根を寄せる。 「くだらねーなあ。何の意味も無いじゃん」 「ゲームに意味など求めてはいけないよ。瞬間を楽しむものなのだからね」 「……。」 汽車の時間までは随分あるし、アルフォンスはまだ戻らない。 司令部の近所で生まれた子猫を見に出かけたのだ。 エドワードが同行しなかったのは、時間があるなら、と 隙あらば逃亡しようとする上司のお目付け役を、彼の有能な部下兼秘書に 仰せつかったからだった。 どうしても片付けなければいけない仕事があるから、とすまなさそうにする彼女を 笑顔で送り出したのはもう1時間前といったところだろうか。 万が一、大佐が仕事を放り出して逃げ出そうとしたなら遠慮しなくていい、 右手が無事なら問題はないから、と浮かべた笑顔が印象的だった。 その後ろで引きつった笑顔を浮かべていた上司の顔も同様に。 未だ仕事が片付かず机から離れられない上司と、2人きりで出来る暇つぶしの方法など知らない。 時間を持て余すのは苦手だった。 「いいよ。」 エドワードは呟いた。 暇を潰せるのなら何でもいい。 「…まず、そうだね。私のことが好きかい?」 ロイが呟く。 書類から目を離さずに口に乗せる言葉は、独り言のようで少し異様だ。 エドワードは眉根を寄せ、口をだらりと開ける情けないような表情を浮かべた。 「あんたさあ…、もしかしてそう持っていきたかったわけ?」 「いいや?第一、君がどう答えるのかなんてわかり切ってる事だしね」 そう言いながらロイはペンを走らせる。 抑えた声音の中にも何か楽しむような響きが感じられるのは気のせいだろうか。 エドワードは心中でため息をついた。 「あーあー、じゃあ予想通りに答えてやるよ。大好きだぜアンタの事はさ」 吐き出すように、反対の気持ちを存分に込めて口にしてやる。 ご丁寧に舌まで出して悪態をつけたエドワードをきれいに無視すると、 ロイは書類をチェックする手を休め、にっこりと微笑んだ。 「私も君が大好きだよ。君は素直で可愛くて聞き分けのいい、良い子だからね」 「ケンカ売ってんのか、てめ」 「ゲームだよ」 ロイはお得意の胡乱な笑顔を浮かべる。 こめかみに筋が走ったような気がするエドワードは気持ちのままに叫んだ。 「俺もすっげーアンタが好きだよ!誠実でやさしくて仕事熱心で、 おまけに有能ときた、理想の上司だからな!!」 「ドスがきいているぞ?」 「気のせいだろ?」 余裕を持って微笑んだつもりだったが、顔が引きつりロイ程に上手くはいかなかった。 「有難う、嬉しいよ」 くすくすと笑うロイに、してやられた気がしてエドワードは頬を膨らませた。 どうにも感情が素直に出るエドワードでは、腹芸においてロイには遠く敵わない。 それきりの短い沈黙が続いた。 ロイの片付ける書類がより、重要なものになったのかもしれないし、 エドワードもこれ以上墓穴を掘るのは遠慮したく、 なんとかしてこの男を見返す手立てはないものかと思案していたからだ。 「鋼の」 だから、そう自分が呼ばれていることにもしばらくは気づかなかった。 もしかしたら2,3度呼ばれていたのかもしれない。 しかし此方を向かずに、独り言のように小さな声で呟くロイの声は 彼にしては珍しく、やや聞き取り辛いものだった。 聞いているぞ、という合図の変わりにエドワードは顔をあげ、ロイを眺めた。 相変わらずロイは書類の束から顔をあげては居なかったが、 それでもエドワードの様子には気づいたのか、声音が少し柔らかくなる。 「鋼の。私は大総統になることを止める。だから君も賢者の石は諦めたまえ」 囁くような声だった。いつか何処かで聞いたことのあるような低い声。 「当てのない危険な旅だ。どうせ見つからない。 いつか君は私の預かり知らないところで死んでしまうかもしれないね」 「…大佐?」 独り言のように呟くロイは、エドワードの返答を待っていないようだった。 ゲームはずっと続いているだろうか 反対の言葉、反対の気持ちを告げている。 そのはずだ。 こんなに真剣に聞こえても きっと全部が嘘なのだ。 「だから君はずっと私のそばに居るのが良い」 染み入るようなロイの声と、ペンの走る音だけが聞こえる。 世界はこんなに静かだっただろうか。 自分の心臓の音までが聞こえそうだ。 意に反して早鐘を打っているこの音が。 「ずっと、そばにおいで。それで、」 噛んで含めるようにやさしい響き。 自分は、確かにこの声を知っている。 「私だけのものになりなさい」 眠りに落ちる前の、気だるい温みの中で聞こえるあの声。 「――大佐、それは本気…?」 エドワードは、自分の声がひどく乾いていることに驚いた。 刺すような視線を受け、ロイは顔をあげる。 浮かんでいるのは、いつもどおりの笑顔だった。 口の中で笑ったような、密やかな気配を感じる。 「ゲームだよ。最初にそう言ったはずだが」 「………」 「もし、気になるようなら、当ててみるかい?これもゲームの一環だよ」 ロイが、音を立てて書物を閉じる。ついで何枚かの書類を大雑把に取り集めて調えた。 どうやら一段落が着いたようだ。 そして、立ち上がり肩を解して大きく伸びをする。 「さて、君の錬金術の餌食にはならずにすんでほっとしたよ。 随分と世話になったようだからね。食事でも奢ろうか?」 「…それも嘘じゃないだろうな?」 憮然として答えるエドワードに、ロイは声を立てて笑った。 ―当てられるわけがない。嘘ばかりで固めてるくせに。 「アンタなんか大嫌いだ」 口の中だけでエドワードは呟く。 ゲームが続いているのか、終わっているのか 未だわからない。 |
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04/08/27
嘘だったり本気だったり。