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おはよう
ふいに窮屈さに目が覚めた。
ぼんやりと開いた瞳に映るのは見慣れた白い壁。
カーテンの隙間から差し込む朝日は、差すように眩しく
僅かに部屋に舞い上がった埃をきらきらと反射させていた。
頬に感じるブランケットの肌触りと、ぬるい温度が心地良い。
そして背中に感じる体温。
これもまた、いつの間にか自分に馴染んだものの一つ。
―それが望んだものだったのか、未だわからないのだけれど。
しかし。
(…またかよ。)
エドワードはそっと溜息をついた。
小さなその身体は、このベッドの持ち主の腕によって
シーツごと包み込まれている。
同じベッドの中とはいえ、昨夜はちゃんと距離をとって眠ったはずなのに。
どうやら彼は何かを抱き込んで眠るのが癖らしく、
こうやって息苦しさで目が覚めるのも初めてではなかった。
まるで抱き枕だ、と思うにつけて玩具か、幼子扱いをされているようで釈然としない。
子ども相手には到底できないであろう、不埒な真似を仕掛けておいて、だ。
エドワードは本日二度目の溜息を洩らすと、億劫なその身を捩った。
抱え込まれたままでは、とかく窮屈だ。
「…ん」
ふいに、低い吐息のような声が頭の上から聞こえた。
包み込む腕を外す際に、その存在を気にしなかったからか起こしてしまったらしい。
「大佐、離せ。苦しい」
エドワードは首をひねると肩越しにその顔をにらみつけた。
未だ焦点の定まらない目を、ロイはニ、三度瞬かせる。
あまり印象は無いが、こうやって近くで見ると彼の睫毛は意外と長かった。
ぼんやり彷徨った視線が、やがてエドワードを捕える。
「…ああ、おはよう、レディ」
まどろみから抜け出せないのか、それは搾り出したような響きを持ってエドワードの耳に届いた。
やや呂律の回っていないような掠れた口調に、妙な甘さを感じる気がして
エドワードは知らず身を震わせる。
その声に反応して、心臓の鼓動が瞬間早くなったからだ。
まったく、どうかしている。
と、そこまで考えて後、エドワードは見て取れるほどに眉根を寄せた。
寝起きで、緩慢だった頭にやっと言葉の意味が届いたからだ。
「お、は、よ、う、大佐! どちらのレディとお間違えなわけ?」
「んん…、何を言っているのかね…」
「寝ぼけてんじゃねーよ!さっさと起きろ!」
ぼんやりとした声が余計に癇に障る。
薄い反応に、エドワードは痺れを切らすと勢いつけてその腕から抜け出した。
被っていたシーツを捲り取ると、ついで、ロイの片耳を一気につねり上げる。
「…痛っ!いたたたたっ」
エドワードらしい容赦の無いつねり方で、さすがにロイの目も覚めたらしい。
不承不承、ベッドにその身を起こすと、溜息を一つ零した。
「全く、とんだ起こし方だな。もう少し甘い方が私の好みだよ」
「てめえの好みに合わせる気なんてねーよ」
きつくロイを睨み付けたまま、エドワードが刺々しく呟く。
取り付く島も無いとはこのことだ。
「どうしたんだい、朝から随分と機嫌が悪いようだが」
「アンタが誰と寝ようが俺の知ったことじゃないけどさ、さすがにルール違反だよな?」
「何がだい」
未だ要領を得ていないロイから視線を外すと、
エドワードは意味もなく掴んだシーツの皺を眺めた。
「…誰と、間違えたんだよ」
「……」
エドワードの独り言のような小さな声に、ロイは僅かに目を見開いた。
そして、その唇の端がゆっくりと上がる。
「もしかして、妬いてくれたのかい?」
「……っ!そこじゃねーだろ!!」
場にそぐわない妙に嬉しそうな笑顔に、思わず毒気を抜かれそうになりつつも、
エドワードは叫んだ。思いも寄らないせりふに、頬に一気に血が上る。
「そんなんじゃない!ただ、俺は…っ」
エドワードは、一端区切ると吐き出すように呟いた。
「…俺は、誰かの代わりにされる気は無いだけだ」
自分でも良くわからないのだ。
エドワードがロイの物でもない様に、ロイもまた、エドワードのものではない。
幾度となく身体を重ねていても、世間でいう恋人同士という訳でもない。
自分たちの関係は酷く曖昧だ。
きっと嘯き、欺瞞に満ちている。
では、今この胸を突く様な気持ちはなんだろう?
息が詰まるようなこの感じ
打算なのか執着なのか、それとも。
この感情に、名前を付けたらきっと壊れてしまう。
そんな予感がいつもある。
ただ、それだけが怖かった。
怖いと思うこと自体を、怖がっているのかもしれないけれど。
「鋼の?」
押し黙ったエドワードの様子に、ロイが困ったように笑いかけた。
「誤解だよ。私にもそんな気は全く無い。」
エドワードの、シーツを掴む右手を引き寄せると、そこに口付ける。
感じるはずの無い感覚に、エドワードは、思わず目を閉じた。
「私がこの腕に抱いているのは、間違いなくエドワード=エルリックだからね」
「君だけが好きだ」
ただの言葉遊びかもしれない。
遊び上手な大人の、駆け引きにつかう睦言なのかも。
自覚があるのに、それでもその言葉はエドワードの心を酷く振るわせる。
「そんな言葉、信じない…」
「構わないよ。それでも、君は確かにこの腕の中にいてくれる」
ロイは、僅か強引な仕草でエドワードを抱き寄せると、
その耳元にもう一度、同じ言葉を囁いた。
小さな身体は、その腕の中にきれいに収まる。
ロイは、エドワードの前髪を優しく梳くとそのまま瞼を閉じさせた。
ゆっくりと近づいてくる熱に、エドワードが抗うことは無い。
全ての意味が分からなくても
それでも、この体温は心地いい。
「…大体なんで『レディ』なんて言葉使うんだよ」
深いキスのあとの落ち着かない間を埋めるように、エドワードが呟く。
ああ、とロイが笑う。
「あれはちょっとした冗談だよ。若干、癖というのもあるかもしれないがね」
「……。」
悪びれもせず飄々と言ってのけるロイの顔には
きっと世間では爽やかと称されるであろう笑顔が浮かんでいた。
――この男をどこまで信用していいのか、分からない…。
自分は、随分と馬鹿を見ているのかもしれない、とその可能性を否定できず、
エドワードはそっと溜息をついた。
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