スノーホワイト(2)







「すっかり、おそくなったなぁ。疲れた…」
仕事を終え、独り言を呟きつつこの奇妙な家の持ち主である小人さんが帰ってきました。
お疲れらしく、トレードマークの金髪三つ編みのてっぺんに生える触角(?)も
力無く垂れ下がっております。
勝手知ったる自分の家、小人さんは、明かりをつけるのも億劫になり
薄暗い室内を手探りで進み、使い馴染んだベッドに寝転ぼうとしました。
そのときです。
ぐにゃり。
生暖かい物体が小人さんの左手に触れました。
「?! なんか居るっ?!」
あわててランプ付け、掲げると、そこには人の形に毛布が膨らんでおります。
驚きつつも、小人さんは果敢にその物体Aを突付いてみました。
「………」

―へんじがない、ただのしかばねのようだ。

「いや、古典ギャグやってる場合じゃなくて。人…?」
芋虫のように夜具に巻きつき、枕を横抱きにしている姿は紛れもなく人間でした。
よっぽど疲れているのか身じろぎ一つせず、こんこんと眠り続けているのは
もちろん、麗しの白雪姫です。
「おーい!」
小人さんは整ったその顔を容赦なく突付きまわしてみましたが
テキはまったくしぶとく、起きる気配もありません。
不法侵入は立派な犯罪です。普段の小人さんなら、問答無用で叩き出す所ですが、
ランプの薄明かりの下に照らされる白雪姫の寝顔は妙にあどけなく、
ぐっすりと眠り込んでいるその姿を眺めるうちになんだか毒気が抜かれてしまいました。
2段ベッドの上段は生活用品で塞がっております。
別のベッドを錬成しようかとも思ったのですが、
小人さんはとにかく疲れており、その気力もありませんでした。
「…しゃーねえかなあ…」
(見たところ、男のようだし。)
かりかりと頬を掻くと、小人さんは姫を成るべく端っこへ蹴飛ばすと、
自分の寝場所を確保しに掛かかるのでした。






朝がやってきました。
慣れない庶民のベッド(SSサイズ)で眠ったため体が冷えたのか
白雪姫は肌寒さに震えました。
と、寝起きでぼうっとする目前に、ふわふわと微かに上下する金糸が映ります。
朝日を反射するそれはきらきらと輝き、まるで小さな太陽のようでした。
姫は、半ば無意識にそれを引き寄せました。何かを抱きしめて眠るのは姫の癖でしたが、
すっぽりと胸の中に収まるそれはとても温かく、そのあまりの抱き心地のよさに
思わず姫はきつく抱き込みました。
すると。
「ぎにゃーーーーーーーーーーーーーー!!」
カイロが叫びました。
「ん…?なんだ…?」
姫は朝にとても弱い人です。
寝起きの頭では状況判断が出来ず、間の抜けた声しか出せません。
「はーなーせー!」
くぐもった声が姫の胸元から聞こえてきます。じたばたともがく温い物体に
姫が視線を落とすと、それは金色の猫のような目が印象的な、子供のようでした。
「…君、何をしてるんだい、そんな所で」
「自分の胸に聞いてみろよ!」
姫のノンビリした声音に、小人さんはわなわなと震えます。
暫く考え込むように姫は視線を泳がせると、真剣な眼差しで答えました。
「夜這いをしかけるには、ちょっと幼すぎるようだが?」
「………」
感覚的な、何かが切れる音がした気がします。
後の一瞬、小人さんが無言で両手を打ち鳴らす音が辺りに響き渡りました。




*******************************


窓いっぱいに朝日の差し込む明るい室内には、焼きたての香ばしいパンの匂いと、
コーヒーの沸く音だけが響きます。
小人さんにとっては、いつも通りの爽やかな朝でした。
得体の知れない侵入者の存在を除いては。
白雪姫を原因とした、小人さんによる破壊工作の後、
まずは平和的解決話し合いを、と必死で言い募る事1時間、
姫の提案を小人さんは辛うじて受け、2人は食卓についたのでした。

胡散臭い瞳を隠そうともせず、小人さんは白雪姫を延々眺めました。
「…で、アンタはどーいった種類の変質者なわけ?」
「種類も何も、私はいたって常識の範囲内の人間な訳なのだが?」
のほほんと、コーヒーを啜る手を休めず白雪姫は答えます。
「不法侵入だとか、器物破損だとか、強制わいせつ罪とかはこの際は置いておこう。
しかし、そのスカートは俺の常識の中には無い」
小人さんは胡乱な目で、白雪姫の鮮やかな黄色いスカートを睨みました。
ベッドから抜け出た姿を見た瞬間に浮かんだ殺意を抑えられた事は
むしろ奇跡に近いとつくづく思います。
堪えた様子もなく、姫はあっさりと言い放ちました。
「これは私のアイデンティティだ」
「……。わかった、アンタはそういう種類の変質者だとして話を進める」
「いや、そういう方向に進められても困るのだが」
姫の抗議を、小人さんは綺麗に無視しました。
「で、アンタは誰?何の目的で俺の家に侵入したわけ?」
いまや、小人さんは猜疑心の塊です。無理もありません。
目の前に座るのは、不法侵入、器物破損、
(8割は小人さん自身の手によるものでしたが)
諸々の前科のある、スカートを着用する成人男性です。
小人さんの剣呑な視線を受け、白雪姫は姿勢を正しました。
「私はロイ=マスタング。白雪姫と呼ばれている。この国の姫だが…」
「…ちょっと待て。ひめ?」
「いかにも」
白雪姫、ロイは至極真面目な表情で頷きます。
「姫っていうと、お姫様の事だよな?お城に住んでる…」
「ああ」
「絵本なんかによく出てくる…、綺麗な女の人で…」
「まあ、一般的にはそうだろうな」
「いや、一般もクソも無いだろ!アンタ男だろ!ムチャクチャだろそれ!」
「そう言われてもなぁ…」
認めない!と憤慨する小人さんにも、姫はどこ吹く風という態度で首を傾げました。
「ああ…母さんに読んでもらった絵本の思い出が汚れていく…」
「そこまで…」
小人さんは力なく、テーブルに突っ伏しました。
ここまでへこまれると、姫もさすがに少し傷ついたようです。
「…それで?そのお姫サマが、なんでこんな森の奥地をさ迷ってたわけ?」
「それはだな…」

白雪姫は、小人さんにこれまでの経緯を掻い摘んで説明しました。



「…どうだい、かわいそうな境遇だろう」
話し終えた姫は、やや芝居がかった風に溜息をつきました。
「いや、どちらかと言うと王妃を応援したい気分だ」
小人さんは真っ当な感想を述べます。
むしろ、くだらない事に巻き込まれた自分が一番かわいそうなんじゃないかと
小人さんは思いました。
「それにしても、だ。私も君に聞きたいことがある」
「なんだよ」
「君はさっき、錬成陣も無しで錬成したね。見事な構成だった」
姫は部屋の隅に追いやられた、通常ありえない形に変形したベッドを眺め、
感心したように言いました。
ベッドを支える4つの主柱のうち、2本は拳の形に飛び出ています。
姫は先ほどそれに強か後頭部を打ち据えられたわけですが、
タフさが自慢の姫は現状ケロリとしておりました。
「…ま、色々、ね…。それよりアンタも錬金術師なんだろ?」
小人さんは、用心のためはめたままだった姫の手袋を顎で指しました。
そして、じっと瞳を細めます。
「焔ってわけ」
「ほう、なかなかに君はお利口だね」
姫は、小人さんが構築式を一目で見抜いたことに少なからず驚くと、
生徒を褒める教師のような笑顔を浮かべました。
「子ども扱いすんな!俺は、その、こっ小人で、普通よりほんのちょっと、
ちょっとだけ、ち、ちぃ…さっ、だけ…」
口ごもる小人さんに、姫は言葉を継ぎます。
「小さい?」
「小さい言うな!」
姫の言葉に噛み付くように、小人さんが反応しました。
どうやら、その単語は彼にとっての禁句のようです。
なにやら訳のわからない言葉を吐きながら、小人さんは怒り狂っています。
姫は、その姿をしばらくポカンと眺めていましたが、
どこか微笑ましいその姿に、思わず声をあげて笑ってしまいました。



「と、とにかく!城まで送っていってやるから、支度しろよ」
息の続く限りに、叫び通した小人さんの声は、少し擦れていました。
喉が渇いただろうと、怒鳴り散らしていた相手本人に出されたコーヒーに
口をつける姿は、少しばつが悪そうです。
「…いや、ちょっと待ってくれないか」
姫は少し考え込む風に、顎に手を当てました。
「提案なのだがね、暫く私をここに置いてもらえないだろうか?」
「はあ?!」
突拍子も無い姫の言葉に、小人さんの元より大きな目がますます、大きくなります。
「考えたのだがね。このまま城に戻ったところで、きっとあの王妃の事だ。
新たな試練を用意してくると思うのだよ」
「いいんじゃねーの?その曲がった性根、一度ちゃんと直してきた方がいいと思う」
長い腕を組み、思案を張り巡らせている姫の顔はいたって真面目なようですが、
小人さんは、素直で率直な意見を述べました。
それを聞いているのかいないのか、姫は続けます。
「彼女のことだから、木々も生えない極寒の地、あるいは灼熱の砂漠、
いや、もしや首狩り族の住まうとされる秘境まで飛ばしてくるやもしれん」
「首…?いるのかそんなの…。まあ行ってこいよ、何事も勉強だぜ」
「何を言う!私がそこで生き延びる内に首狩りの風習に傾倒して、この国をあげての
年間行事に組み込んだら、君は国民にどう責任をとるつもりかね?!」
「いや、どうもこうもそれ、全面的にお前の責任だろ!」
激する小人さんを尻目に、姫は一口コーヒーを含みました。
「まあそれはそれとして」
「流すのかよ…」

姫はコホンと咳払いをすると、真剣な眼差しで小人さんを見つめました。
沈黙する事、一秒、二秒、三秒。
そうすると、姫の瞳が吸い込まれそうなほどの深い漆黒である事に
小人さんは改めて気付かされます。なんだか落ち着かないような静寂の後、
やっと姫が口を開きました。
「城には戻りたくないんだ。あそこはとても窮屈でね…」
「……」
「それに、やり方はどうであれ、王妃の言わんとする事はわかっているつもりだ。
私自身、確かに自分に足りないものがあるのを感じる、それが何かはわからないが。
私はそれを探したいんだ、外の世界で」
「だからって…。なら町のほうに案内してやるから」
不思議なムードに押されてか、小人さんは、小さい声しかだせません。
姫は、困ったように笑いました。
「いや、ここの方がいい。城下は私の顔を見知っているものも多い。
帰らずの森を出たとあっては王妃の追っ手に捕まり易いだろうし、
それなら、ここでサバイバル生活に励んでいると思わせておく方が都合がいいだろう」
「アンタの都合が良くても、俺の都合がよくない!」
小人さんはやっとの事で、叫びました。
「何故?」
「何故って…っ」
面倒事は御免だとか、会ったばかりの奴と共同生活なんて無理だとか、
1人の生活を乱されたくないだとか、尤もらしい理由は頭にぐるぐる回るのに、
何故かそれが言葉になって出てきません。
「そうか、私のことが信用できないのか。…私が嫌いかね?」
姫は、きれいな顔を悲しそうに歪ませると、その眼差しに憂いを含ませます。
知ってか知らずか、どうやら人情に訴える作戦のようです。
「き、嫌いも何も…」
今までの経緯、言動を見て、何をどうやって信用しろというのかはわかりませんが、
しかし、雰囲気に飲まれた小人さんは口ごもってしまいました。
姫はきっと優秀な詐欺師になれるに違いありません。
もちろん姫は、素でしたが。
「私ここが気に入ってね、なにより君が気に入った」
「へ?俺?」
思ってもいなかった言葉に、思わず小人さんの声が上擦りました。
そう、と姫は頷くと笑顔を浮かべます。
「ああ、君みたいな子は見たことが無い。気の強いところが良いね。
頭の回転も速いし、錬金術はプロ級、それにとてもユニークだ」
何よりかわいいし、とは口に出しませんでした。
もちろんそれは、小さいという意味ではありませんでしたが、
そう誤解した、小人さんが腹を立てる事は簡単に想像できましたから。
姫に対して臆する事無い威勢の良い姿は、人に慣れない気ままな、
けれでもどこか憎めない野良猫のように姫には思えました。
「そ、そう…?」
小人さんは、天邪鬼の反転、褒められると意外と弱いところがありました。
傍若無人だった姫に、こうやって改めて褒められると少なからず良い気分です。
さっきまでの態度はどこへやら、真摯な眼差しを浮かべている姫を
暫く見つめると、小人さんは小さく溜息をつきました。
「…少しの間なら」
「! ありがとう、…君は優しいね」
姫は気持ちのままに、にっこりと笑いかけました。
その飾りの無い笑顔に、小人さんは少し狼狽します。
「やさ?! なっ!言っとくけど、姫だからって甘やかしてなんかやんねーぞ!
働かざるもの喰うべからず!キッチリと食い扶ち分働いてもらうかんな!」
「ああ、まかせてくれたまえ」
つっけんどんに言い放つ、小人さんの耳が朱に染まっているのを
確かめると、姫はくすくすと笑みをこぼしました。

「ところで、君の名前は?」
「…エドワード」
ぶすっと名乗りをあげるエドワードに姫は、小さく頷きます。
「エドワードか。いい名前だ」
姫は嫌がるエドワードの手をとって、無理やり握手を交わしました。

こうして2人の奇妙な共同生活がはじまったのです。










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05/03/29

結局、役立ったのやはり(3)^^。