| 火傷 「痛い」 頬を撫でるザラリとした感触に、エドワードは眉をひそめる。 「ああ、すまない、発火布をつけたままだった」 医務室の硬いベッドの上で、エドワードは盛大に溜息をついた。 全身所々に負った火傷のせいで、今も体中がヒリヒリする。 この2枚の発火布のせいで、随分と酷い目に遭わされたものだ。 エドワードは、ロイの外した手袋を忌々しげに睨み付けた。 「手加減をし損なったかな?」 すまなかったね、と口先だけで謝るロイの慇懃無礼な笑顔を見ていると 胸がムカムカしてくる。 軍部を挙げたお祭り騒ぎの後、煌々と勝利を収めた彼は後始末を部下に押し付けたのだろう、 エドワードの担ぎこまれた医務室に一人でやってきたのだった。 ベッドの傍らに置かれた簡易椅子に腰掛け、臥せったエドワードを 飽きることなく楽しそうに眺めている。 元来負けず嫌いのエドワードの機嫌は、依然傾いたままだ。 そんな様子も気にすることなく、飄々とロイは笑う。 「なんだね、餌をとられたタヌキのような顔をして。まだ怒っているのかい?」 「タッ…!テメェが余計に怒らせてんだろうが!もうどっか行け!!」 堪忍袋の緒という物があるのなら、既に100本以上は切れているに違いない。 短気なエドワードの拳が飛ばないのは、ひとえにその怪我のせいだった。 丈夫な彼の事、明日になれば動けるだろうが、さすがに今は辛いらしい。 意地悪な上官に対し、罵声で返すことで精一杯である。 「…雨が降ったら俺の圧勝だったのに」 くやしそうにエドワードが呟く。 勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、ロイは唇の端を上げた。 「おあいにく様だったな。」 今日は、忌々しいほどの晴天だったのだ。 この女たらしは、運命の女神にさえ気に入られるのだろうか、と エドワードはますますロイを睨み付けた。 「なあ、大佐って雨の日だけじゃなくて、発火布がなけりゃただの無能だよな?」 「…無能って」 彼にとってトラウマになろうかという単語をアッサリと口にするエドワードに ロイが絶望的な目を向けた。どうやらいたく傷ついているらしい。 良い感触を掴んだとばかりに、エドワードの口調に、楽しそうな色が混じる。 「だって火が着けられなきゃアンタの焔、意味ないじゃん」 「別に、私の錬金術は焔だけではないのだがね」 「そりゃそうだけど。アンタの二つ名が泣くぜ?」 鬼の首を取ったようにこずるく笑う、実に彼らしい表情にロイは片眉を上げる。 生意気さにかけて右に出るものの居ないエドワードだ。 こういうときの彼の悪口雑言には容赦がない。 「………」 体が動かないゆえに余計に拍車がかかっているのだろう、 ロイは、あげつらいを続けるエドワードを黙って見つめた。 そして、ふと笑みを洩らすと、発火布の手袋を摘むようにして床に放りなげる。 「こんなものがなくてもね、火をつける事は出来るんだよ」 「へ?」 エドワードが、キョトンと目を丸くする。 「見ていなさい」 言うが早いか、ロイはエドワードに掛かるシーツを勢い良く剥ぐと その顔を挟むように両腕をベッドに付き立て、彼を閉じ込めた。 ちょうど真上になる位置まで突然迫ったロイの顔に、エドワードの思考が一瞬白くなる。 「え、ちょっと、な…っ」 ロイの腕がさながら小さな檻のような働きをし、逃げる事が出来ない。 近づいてくる黒い瞳にエドワードは逆うことができず、きつく目蓋を閉じた。 しかしその唇は、エドワードのそれに落ちることなく、 予想に反して彼の鼻先を掠めるに止まりそして、そのまま耳元へ滑る。 頬に触れるか触れないかという微妙な動きに、くすぐったさを覚えエドワードは反射的に身体を捩った。 刹那、思考が現実に引き戻される。 「っおい、大佐!!何考えてんだ、こんな所で!」 エドワードの焦った様子を感じ取ってか、ロイは耳元で小さく笑いをこぼす。 「そうだな、いつ君の弟君が戻ってくるとも知れない」 弟のアルフォンスは、エドワードを診る為の医師を探しに行ってくれているのである。 軍お抱えの医師達は、お祭り騒ぎの会場で死屍累々となっている病人を診るため出払っているからだ。 野次馬根性が祟ったとはいえ、巻き添えをくらった人々に大した罪があろうはずもなく その原因を作った本人が後回しになるのも、ある意味当然とも言える。 「うん、見つかったら大変だな」 「わかってんだったら、離せっ、よ!!」 その言葉ほど気にしていそうにない朗らかな声質に、エドワードはクラクラと眩暈がするようだった。 エドワードは勢い、被さる身体を引き剥がそうともがく。 しかし、いくらエドワードの腕力が並以上だとはいえ、その圧倒的な体格差ではロイに敵うべくもなく かつ火傷の痛みのせいもあり、如何せん力が入らない。 彼にしては非力な抵抗をする両手首を掴み、軽く制すと、ロイはエドワードの薄い耳朶に齧り付いた。 「んっ」 甘噛みした途端、ビクリと震える小さな身体に、ロイはほくそ笑む。 そのまま舌を差し込むように緩く舐め上げてやると、エドワードは逃げるように首を振った。 わざとだろう、ピチャリと直接的な音を耳元に注ぎ込まれることがたまらない。 ロイは、そのまま耳朶から首筋へと舌を這わせると、鎖骨の窪みをペろりと舐めた。 そのわずかな動きにもエドワードは反応する。 未だ幼い身体は、快楽に敏感だ。耐えるほどには、強くも慣れてもいない。 「ひ、ぁっ」 袖抜きのアンダーの上から、胸の突起に歯を立てられ、噛殺せない吐息が高く洩れた。 薄布越しの感触はいやに中途半端で、焦燥感が生まれる。 それどころじゃないに。 「や、やだ、も、やめろってっ!!マ・ジ・で!!」 エドワードは、胸元に沈むロイの黒髪に必死にしがみ付いた。 本当に、アルフォンスもそろそろ戻ってくるかも知れない。 ロイとこんな風に身を寄せ合っている所に、弟、もしくは第三者が居合わせる そんな場面を想像するだけで気が変になりそうだ。 しかし、一方では、自らの身体に甘い感覚が走っていることもまた事実で、 相反する思い通りにならない反応に混乱し、不覚にも泣きたくなってきてしまった。 制しの言葉にも構わず、言う間にロイの手はますます怪しい動きになってくる。 エドワードの両手首を器用に片手で一つに纏めると、 空いた手を、エドワードの下肢へと忍ばせた。 「いっ!?」 元々ベルトは外してある。難なく入り込んだその冷たい感触に、エドワードは息を飲む。 へその窪みをなで、下腹を這う緩慢で丁寧な動きに、エドワードの背筋がびくんと反った。 彼の指がこの後、どこを触ろうとしているのかなど考えるまでも及ばない。 徐々に下がり来るその手の動きに熱くなる身体の傍ら、エドワードは頭の血の気が一気に引くのを感じた。 シャレにならない。これ以上は本当にシャレにならない。 「怒ったんならっ!! 謝ってやってもいいから!」 飽くまで自分のプライドを崩さない所はどこまでもエドワードであったが、 それでも彼にしては、最大の譲歩の言葉を口にする。 「誰が怒ってるのかね?」 「アンタだろ!!!頼むからもう、離せ!!」 ロイの場にそぐわないのんびりとした口調に対し、 エドワードは歯噛みしそうな悔しさで声まで潤んでくるようだった。 いつ訪れるとも知れない扉の開く恐怖と、快楽に焦れる己の感覚の間で翻弄されて 神経が焼ききれそうだ。 「や…っ」 ロイの手はいまやそこに程近い、内股まで及んでいた。 捕えられた両手は動かせない。かわりにエドワードはもどかしげにシーツを蹴った。 快楽に直接的な箇所をわざと避けた、優しい撫ぜ方のせいで余計に煽られる。 身体がそこに触れられる快楽を知っているから尚更だ。 両足の震えがとめられない。 焦らすようなそれにエドワードは、もう触れて欲しいのか触れて欲しくないのか分からなかった。 「たい、さ…っ」 わななく唇で呟いたそれは、求めるようにも聴こえて。 「可愛いね、君は」 ロイは、きつく眉根を寄せて打ち震えるエドワードに口づけを落とすと、 忍び笑いを洩らした。 「兄さん?もう少ししたらお医者さん来てくれるって」 カシャリと、金属音を響かせ、アルフォンスは医務室の扉を開けた。 と、室内に、簡易椅子に腰掛け片手を上げる男を認める。 「やあ、アルフォンス君」 「あ、大佐 お見舞いに来てくださったんですか?」 アルフォンスは言葉の端に感謝の色を滲ませる。 元はといえば、兄の怪我の原因はこの男が作ったわけだったが、 どうしてか、アルフォンスは、ロイに対して敵愾心が沸きにくかった。 彼の持つ独特の威圧感のせいも知れないし、エドワードが徹底的に 彼を敬遠しているからなのかもしれない。悪し様に評する人間がそばにいると かえって自分は冷静な感情で見られるものだ。 そう言った目でロイを見ると、悪い人物ではないのだろうと素直に思う。 成人にも満たない子供の自分達に対して、なおざりにすることもない。 とくにエドワードに対しては、彼の大佐という地位にも関わらず 対等な扱いをしていると感じる。 組織上、軍属扱いであるエドワードに、必要以上に階級差を押し付けることもない。 エドワードがそれに気付いているかどうかは甚だ疑問だったが。 表面上の不遜な態度や皮肉に隠された真実を見抜く、素直な目をアルフォンスは持っていた。 「あれ、兄さん、具合わるい?」 見ると、エドワードはシーツを引き被り、深く潜り込んでいる。 眠っているのだろうか、と思いつつアルフォンスは抱えていた果物袋をキャビネットへ下ろした。 ここへ戻る道すがら、貰った物だ。 「ああ、思ったより火傷がひどいようだ。悪いことをしたな」 ロイが肩を竦める。 「実は抜け出してきた身の上でね、そろそろ失礼するよ。 良く診てあげてくれたまえ」 「わざわざ来てくださって、有難う御座いました」 アルフォンスの丁寧な言葉に笑顔で返すと、 ロイは立ち上がり発火布を拾いあげて扉に手をかける。 と、ああそうだ、とついでのようにロイが呟いた。 そして踵を返すと、丸まったシーツに顔を近づけて、耳があろう箇所へ彼だけに聞こえるよう小さく呟く。 「跡はつけていないから安心したまえ」 ビクリと震えるシーツの塊を認めると、密やかに囁いた。 「ちゃんと、火が付いただろう?」 「!!」 どこに、とは言わない。 それはエドワードが一番知っていることだからだ。 執拗に迫っておきながら、熱を吐かせることまではしなかったロイの底意地の悪さに そして、計算の上であろう今の台詞に 数えることも出来ないほど切れた堪忍袋の緒が、新たに一本音を立てて切れた気がする。 最大級の緒だ。 「こっの、クソ大佐―ッ!!!」 エドワードは勢いをつけて、シーツからはみ出ると、ロイに指を突きたて叫んだ。 その様子にロイはおもわず噴出す。 クシャクシャに乱れた髪の毛といい、真っ赤に染まった顔といい、 ロイの笑いを誘うのには十分だった。 「消したければね、私のところへ来るといい 今夜からは司令部に詰めているから」 「…殺す」 「に、兄さん」 エドワードの身体がワナワナと震えている。 その据わった目に、アルフォンスはエドワードの本気を感じる。 仲が絶望的に悪いとも思えないのに、どうしてか相性の悪い2人がアルフォンスには不思議だった。 どうにも、この大佐はエドワードを煽るような事ばかり言う。 他に言いようもあるだろうに、わざと兄を怒らせる言葉を選んでは、反応を楽しんでいる節もあるようだから、 結局の所、大佐もエドワードと同じ、子供なのだと言う事なのだろうか。 「覚えてろよ!ぶっとばしてやる。絶対だ!!」 本気であろう、エドワードの殺気の篭もる叫び声にロイは楽しそうに笑った。 しかしその真っ赤になった顔には怒りのためだけではないであろう、僅かな情欲の色が見える。 そうなるように自分が変えた。 それは彼の決して認めたがらないであろう、ロイしか分からない種類の色だ。 きっと彼は来る。 「楽しみにしているよ」 確信に近い笑みを浮かべると、未だ喚き続けるエドワードを振り返ることなくロイは扉へ向った。 夜が訪れるまえには、あの溜まり溜まった書類を片付けなければいけない、 そう思いながら。 |
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「焔vs鋼」
色んな意味で寸止めの悪い人。 03/07/01