君の居ない世界で生きる

そのなんという絶望






                                         残像(5)





まず、目に入ったのはくすんだ天井の色
大きな羽をした、空調機が歪に回転している。
吊るされたそれは、年季の入ったものらしく
時折カラカラと間の抜けた、侘しい音を立てていた。

鼻をつく薬品臭に、ここは病室だと気づく。
強張ったような身体は硬いベッドに横たえられていた。
ここへ来た記憶は無かった。
多分自分はあのまま、気を失ったのだろう。


あんなに苦しかったのだから、
このまま死ぬのだろうと思ったのに。


そして、今も苦しい。
覚えているのはあの銃声
自分をも同時に貫いた一瞬の閃光。













聞き慣れた金属音と共に、扉が開かれた。
「兄さん!目が覚めたの?」
「…アル」
彼の音を間違えようも無く、立っていたのはアルフォンスだった。
自分を看病しようとしたのだろう片手に濡らした布を持ち
もう片方には薬でも入っているのだろうか、小さな紙袋を抱えている。
驚きと安堵を滲ませた声に,エドワードは笑ってみせようとしたが上手くいかず
唇が引き連れた、不恰好な表情になっただけだった。
「身体はなんとも無い?目立った外傷は無いってお医者さんは言ってたけど…。
 どこか痛むところとかある?」
自分をただただ、労わる優しい声にエドワードは何故だか泣きたくなった。
もちろん顔には出さないけれど。
「平気だ。悪かったな心配かけて」
「兄さんまで倒れちゃって。心配したんだよ」
「ん…」
「大佐まであんなことになっちゃって…」
「……」



事の始まりは反軍組織によるテロ事件だった。
東方の市街地を標的に通達された爆弾予告。
統率の取れた組織によって計画されたそれを
片田舎の限られた人員で、制圧するには容易なことでは無い。

一人でも多くの有能な人材が必要だとロイは判断し
目的のため放浪を続けていたしていた、エドワードを呼び寄せた。
もちろんそれは信用が置ける、と判断する要因も含まれている。
他の司令部から呼び寄せる事も可能ではあったが、
若くして大佐の地位まで上り詰めたロイに対しては、
彼の実力を正当に評価し賞賛する者と同数に、
畏怖、或いはその組織の構造上か、はっきりと敵愾心を持つ人物もいる。
ようは、敵は外からだけでは無いということだ。


確執や無駄ともいえる抗争を好かないエドワードが
そう言った小競り合いにかり出されることに、良い顔をしないことは承知している。
しかしその子供らしい感傷に哀れみこそすれ
甘く見てやるほどロイは優しい男でもない。
軍属である以上退けては通れない道だ。
かくして、エドワードは東方司令部の上官殿の要請を受けたのだった。


エドワードの働きもあり、多少は荒っぽい方法だったかもしれないが
それでも実行の直前に首謀者を拘束、爆弾は即撤去という形で
事件自体は未遂で片付いた。

そう思ったときに響いた銃声だった。


向けられた銃口、それは確かに自分を狙っていたはずだ。
その男を昏倒させたのは自分なのだから。
いや昏倒させた、と思っていた。
意識を失う前の、苦し紛れの一発だったのだろう。
死角に入っていたエドワードには見えないそれに対し、
何の気まぐれか、ロイがエドワードを庇ったのだった
突き飛ばされ、転倒する寸前に目の端に映った光景は青く霞むそれ。
銃弾はロイのこめかみを貫いたように見えた。


今思えば、どうしてロイまでが制圧部隊に加わっていたのだろう。
大佐の地位にある彼は、ただ計画を首謀していればよかったのだ。
こういう時こそ、いつものように不真面目に怠慢するか、
司令部で大儀そうにふんぞり返っているべきだった。


そうすれば――







「…あのクソ大佐…要らない時だけでしゃばりやがって」
言葉ほど口調に勢いは無かった。
「…兄さん?」
心配そうなアルフォンスの声に、エドワードは歯を食い締めてる自分に気づく。
そうしていないと歯はおろか、身体全体が震えてしまいそうだった。
そんなエドワードの様子を見てか、ため息をつくような気配でアルフォンスはうつむく。
「そっか…やっぱり心配だよね、大佐の怪我のこと」
「…………え?」
目の前がパシっと弾けた気がする。
喉に詰まっていた難い物が一気に散ったような。
「普段、喧嘩ばっかりしてるけど、やっぱり兄さんだって大佐のこと気に、」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!!!!大佐は生きてるのか?!」
エドワードは力なく横たえていた半身をがばりと起こすと、
アルフォンスに食らいつく程にその見を引き寄せた。
そのあまりの勢いにアルフォンスは目を白黒させる。
「うわあ!!吃驚した!!何?何??」
「大佐は生きてるのかって聞いてんだよ!!」
鬼気迫る、といってもよさそうなエドワードの表情に、アルフォンスは気圧された様に答えた。
「あ、あー…。そうか兄さんあのあと気絶しちゃったんだよね。
一時期はかなり危険な所までいったらしいんだけど、意識も戻った今はもう大丈夫らしいよ。
同じ病院内に入院してるらしいんだけど、僕もまだ直接は…って兄さん?!」

アルフォンスの言葉を最後まで待たず、
エドワードは今の今までの力無い姿が嘘のように、シーツを跳ね飛ばし駆け出した。
その素早さたるもの凄まじく、辛うじてアルフォンス目に映ったのは
病院着のまま裸足で部屋を飛び出していく兄の後ろ姿だった。
そして病院中に聞こえそうな怒声が響いてくる。
「…あのクソ大佐、絶対に殴る!!!!!!!!」

嵐の過ぎ去った後のように、アルフォンスはしばし呆然とする。
ややあって、緩慢な動きでエドワードの乱したシーツと、勢いで倒していった水差しを整え始めた。
「…兄さん、大佐の病室どこか知ってるのかな…。」
何がどうというわけでも無いが、それでもなんとなく損をしたような気分がして
アルフォンスは、そっとため息をついた。






「大佐――――――!!!」
通常、扉の音とはとても思えないほどの轟音を響かせ、
エドワードは指示された部屋を叩き開けた。
弾ける様な金属音がしたことから、金具の一部も取れているかもしれない。
怒りに任せて暫しさ迷ったあと、院内の職員から聞き出し示された部屋は、
かなり広めの個室で、凝った作りになっていた。
病人が寝ているであろうベッドは間仕切りに遮断されて入り口からは見えない。
予想もしなかった嵐の到来に思わず怯える警護兵を言いくるめ、というよりは
恐喝に近い口ぶりで追い払うと、エドワードは憤怒の表情を浮かべたまま足を進めた。


―心臓が痛いくらいに高鳴る。
―この仕切りの向こうにあの男が要る。




それはかなり大きなベッドだった。
質のよさそうなケットを腰から下にかけ、
上体を起こして何かの書類を読んでいる人物がいる。
「…おやおや、なんとも騒がしいと思ったら。豆台風の上陸か?」
片眉を上げ、人を小馬鹿にしたような表情を浮かべるその男は
今の今まで、自分の思考を占めていた人物、
確かにロイ=マスタングその人だった。
額に細い包帯を幾重か巻きつけている以外は、
仰々しい器具も無く、至って平穏そうに見える。
その表情を認めた先から、
先ほどまでの興奮状態はそのままに、
エドワードは喉に何か詰まったように声が出せなくなった。

本気で、殴ってやるつもりだったのだ。
どうして、あんなことをしたのか、と。
でしゃばるなと。アンタなんかに庇われても嬉しくなんか無いと。
自分なんかのために、命を晒されて――


しかし、今となっては
振り上げたこぶしを何処へ下ろしたら良いのか解からない気分に戸惑う。


彼の意志の強さをそのまま表したような、
黒髪黒い瞳もそのままに、確かに彼は生きている。
その凪いだ色を見ていると、また新たな感情が沸いてくるようだった。

ぐるぐると、安堵や怒りから変化した、馴染みの無い感覚が回り続ける。
幼い日に、その未熟さゆえ上手く伝えられず、
癇癪をおこし、駄々をこねることで母を困らせたような
あんな感情。
伝えたくてたまらないのに、その言葉は浮かんでこない。
熱くて熱くて、このままだと
何かとんでもない事を口走ってしまいそうだった。

「たい…、俺…」




邪魔をしたのはただ一言だった。



「君が、エドワード=エルリックだね」



何一つ変わらない、静かな甘い声。
それは見惚れる程に綺麗な微笑だった。










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04/09/12

や っ て し ま い ま し た 。
BGMは冬ソナのテーマ曲でお願いします。(失笑)